戦後80年企画 対談と朗読「戦争記録を伝える」

 2026年は戦後80年の節目の年であったが、11月17日に図書館、宗教部、龍谷エクステンションセンターが共催し、「戦争記録を伝える」と題する企画を実施した。本企画は、大学に保存されてきた戦争関連資料および証言をもとに、戦時下における大学の機能や学生の置かれた状況を再検討し、現在および将来の平和への視座を得ることを目的としていた。学生を中心に教職員などWeb参加を含めると430名を超える参加者があり、戦争期の記録を伝える意義が共有される貴重な機会となった。

 

戦時下の統制と大学の変質

 対談の第1部では、赤松徹眞名誉教授(元学長)により、1930年代以降に強化された国家統制が大学および本願寺教団に及ぼした影響について詳細な解説がなされた。国体思想を基盤とした政治的動員の強化により、批判的言説や独立した学問活動は制限を受け、龍谷大学においても宗教的典籍である『教行信証』の特定語句が「不敬」に当たると判断され伏字化される等、教学領域に直接の統制が及んでいた事例が示された。また、1940年には教団内部において「聖教の拝読ならびに引用の心得」が発出され、天皇や皇室に関わる文字の使用自粛など教学の自由は著しく制限されることになる。赤松氏が戦後も伏字が残存する教科書を使用せざるを得なかった経験を述懐したことは、統制の影響が戦後期にも継続していた事実を裏付けるものであり、学問的自由の脆弱性について改めて認識を促す内容であった。

 

『龍谷大学戦没者名簿』に記録された個人史

 第2部では、新田光子名誉教授(元図書館長)が『龍谷大学戦没者名簿』の編纂過程を報告した。同名簿は、戦争により命を落とした301名の学生・教職員の学籍情報・所属・戦没状況を、一人一ページの等幅形式で記録したものである。調査では、学籍簿を精査するのみならず、遺族からの証言収集や写真提供が積極的に行われ、遺族宅に赴いて唯一残された写真を撮影した事例も紹介された。戦没地は中国、フィリピン、ビルマを中心として広範に及び、とりわけ終戦間際の1945年に戦没者が集中している点は、当時の学生が置かれた極めて過酷な環境を物語るものである。新田氏は、個々の記録を丹念に保存し、後世に継承する作業の重要性を強調し、それらの記録が単なる歴史資料ではなく、「生きた個人史」であることを指摘した。

 

 

朗読が呼び起こす戦没者の最期の臨場性

 続いて行われた朗読では、前進座俳優・浜名実貴氏が、本学戦没者の一人である金丸玄真氏の記録と、それを題材とした詩人・丸山豊の著作『月白の道』の一節を朗読した。金丸氏は25歳でビルマにて戦死しており、その最期の描写は当時の前線の実態を物語るものである。朗読によって文字情報が音声として再構成されることで、記録がもつ臨場性が高まり、参加者は当時の戦没者の精神的状況や環境をより具体的に想像することが可能となった。

 

 

図書館に残る戦時下の業務記録

 併催された深草図書館の企画展「アジア・太平洋戦争下の龍谷大学図書館」では、思想統制および検閲に関する文書、勤労奉仕に関連して設置された出張文庫、軍事文庫の運営記録等が展示された。また、空襲による資料消失を回避するため、貴重書を日野誕生院へ疎開させた記録も公開され、トラック一台の運賃を27円4銭と記すなど、事務文書の細部が当時の図書館業務の緊張性を具体的に示している。これらの資料は外形的には事務的記録であるが、戦争期の大学図書館の役割とその実践を復元する上で重要な一次資料となっている。

 

記録の継承と今日的意義

 本企画は、戦争を抽象的な歴史事象としてではなく、本学の学生・教職員が実際に経験した具体的現実として再認識する契機を提供した。戦争を直接知らない世代が多数を占める現代において、大学に保存される記録を継承し、それらを主体的に読み解く行為は、平和の価値を再確認し未来に伝達するうえで不可欠である。静穏に保存されてきた資料群は、利用者がそれに向き合うことで初めて意味を発し、歴史的記憶として次世代へ継承される。本企画はその重要性を改めて示すものとなった。