2026(令和8)年3月発行
積読する本の森
龍谷大学長 安藤 徹
追われるように過ごす日々のなかで、無性に読書を楽しみたくなることがある。さまざまな本から学び、考える時間を持ちたいと強く思うときもある。そして、本を入手する。むろん、昂ぶる心は1冊で満足するはずもなく、知らぬ間に本は増殖していく。しかし、すべてを読み切るには、毎日があまりにせわしなく、人生が絶望的に短すぎる。こうして読まない本たちが溢れ、あちこちに積まれていく。いわゆる「積読(つんどく)」である。
龍谷大学図書館は、永田希『再読だけが創造的な読書術である』を所蔵しているいっぽうで、同じ著者による『積読こそが完全な読書術である』がない。同書が指摘する、積読の醸し出す「うしろめたい」ニュアンスが影響したわけではなかろう。とはいえ、蔵書の積極利用を促したい図書館からすると、一見して書架に並べにくい本ではある。しかし、長田弘『読書からはじまる』(深草/瀬田図書館所蔵)が言うように、「大学が誇るすばらしい図書館とは、ほとんどだれも読まない本がたくさんある図書館」だとすれば、大学図書館における理想の読書術は積読になる。
たしかに、本学図書館が所蔵する240万冊ほどの本の大半は「ほとんどだれも読まない本」だ。それだけ切り取れば、いかにも無駄である。ただし、本はとても不思議な存在で、使わない洗濯機や自動車とちがい、読まれない本がたくさん並んでいることに意義があり、読まなければ読まないほど価値がある、と長田は主張する。そもそも、「読む(べき)本」が「本のぜんぶ」なのではない。むしろ、「読まない本をどれだけもっているか」によって、深い「本の文化」が育まれるかどうかが決まる、とも言う。
「読まない本」とは「今の私が読まない本」の意だろう。「今、目の前にある本は、たまたま目の前にある」にすぎず、その背後には多様性と可能性に満ち、過去にも未来にも開かれた、深遠な森が広がる。そうした世界を物理的な空間として体現するのが、未来の私、あるいは私ではないだれかが読むかもしれない大量の本たちを積読している図書館である。
ちなみに、福嶋亮大『思考の庭のつくりかた』(瀬田図書館所蔵)は、本を積む前にパラパラとめくり、わずかでもメタデータを把握しておくことが大事だと指摘する。私が積読していた『積読こそが完全な読書術である』を思い出したのも、帯や目次には目を通していたからである。図書館であれば、本の森をブラウジングしながら書架に並ぶ本の背表紙と出会うだけでも十分に意味があろう。
図書館利用者教育について
図書館では、図書館利用者教育として、オリエンテーション動画の公開、ゼミ単位・自由参加の情報検索講習会、図書館ツアーを実施しています。動画では図書館利用の基本を説明しています。動画を踏まえて各講習会に参加していただき、図書館の利用(情報検索等)のレベルアップを図ることができます。図書館で実際に本を探す方法や、学内や自宅など、自分の好きなところで利用できるデータベース等のサービスについても紹介・説明していますので、ぜひご参加ください。
図書館オリエンテーション動画(抜粋)